2009年06月18日 02:27

心地よい指先

美容師さんは、髪を切ることを職業にしている人。である。

だから髪を切るのは上手い。
けれどシャンプーまで上手いとは限らない。


初夏。邪魔な髪を切りに行った。

いつもお世話になっている美容院に、新しいアシスタントの若者が入っていた。


アシスタントの仕事内容は、先輩美容師が仕事をしやすいように

道具をセットしたり、切った髪の散らばる床を掃除したり、電話応対をしたりと様々だが

その中でもお客さんと接するスタートがシャンプーだ。

来店するお客さんを、まずはシャンプーで綺麗にして、それと一緒にリラックスしてもらう。

毎日、50人ほどのシャンプーを担当するアシスタントは、メインで髪を切る美容師よりも

シャンプーが上手いと思う。


そしてこれはあくまで好みの問題だが、男性にシャンプーをしてもらうと、

女性に比べて指が太いので、心地よいというよりも、ゴシゴシ感の方が大きかった。

けれど今回シャンプーを担当してくれた22歳の男の子は、繊細な指使いで心地よさを演出してくれたのだ。

「シャンプーがすごく気持ちよかった」

と、美容師さんに言うと、彼の指は他の男性に比べると細くて、指の腹が柔らかいのだと教えてくれた。

納得。

その店では、カットの指名ができる他にシャンプーの指名もあるらしい。

今度行く時は、最初からそのアシスタントくんを指名しようと思う。


シャンプーは美容師さんよりアシスタントの方が上手いのでは?

この疑問、みなさんはどう思いますか?

美容院に行った時、ぜひ観察してみてください。


デトスルー


2009年06月16日 01:21

リセット

人生をリセットできるならば、どれだけの人がリセットを望むのだろうか?


時に、人はリセットを望む。


悩みを抱えたままでは苦しいから、心をリセットして、明日からまた頑張るぞ!

また、この企画はこのままの案では失敗しそうだから、1からリセットして新しい企画を立てよう!など。

これらは前向きなリセットだが、中にはそうではないリセット方法を望む人もいる。


自分は償いきれない罪を背負ってしまったから、自分の存在をリセットしよう。

という自殺や、うまくいかなくてどうしようもないから、責任から逃げようというもの。

それらは本人がリセットした気持ちになっても、周りはそうはとらない。

人生はゲームのように、失敗したらボタン1つでスタートに戻れる。わけじゃない。

取り返しのつかないことをしてしまったなら、自分が責任をとらなければならない。

罪のない人間はいない。

みんな過去に犯した罪、例えば人を傷付けるような言葉を言ってしまったことや

仕事から逃げだしたこと、人を騙したこと、などを認めて、それを悔い改める心と向き合わなければならない。


人生をリセットできるならば、どれだけの人がリセットを望むのだろうか?

この質問に、1人でも多くの人が

「リセットは必要ない」

と答えてくれたら、嬉しいと思う今日この頃。


プライオリティパス・ラウンジ


2009年06月15日 19:05

個人攻撃と心の闇

ネットへの書き込みによって
間接的ないじめを行ったりする行為が増えてきていますね。


昨日、なりゆきで日本一誹謗中傷の多いサイトに行きました。

素性がバレないのをいいことに、特定の個人に対してのカキコミの嵐でした。

書かれた本人が鬱状態になってご飯も喉を通らなくなる、なんてことを相手はもちろん知らないのです。


そしてあるスレッドの中で、密かに私も中傷の対象になっていました!

昨日初めて知りましたが、さすがに心が折れました。

感じたのは怒りではなく、重い悲しみ。

間接的な人格否定などによって、自殺に追い込まれる人の気持ちが少しだけ理解できました。


人は誰でも存在を否定されたら自分を見失う。

そういった外部からの攻撃をサラリとかわしたり、気にしないでいられる人は

ほんの一握りしかいないんじゃないでしょうか?

心の弱さ、といってしまえばそれだけになるけれど、人に不快な思いをさせる行為はやはり受け入れられることではありません。


「楽しい」という意味を履き違え、簡単に人を傷付けてしまう現代人。

心の闇やストレスは、もっと爽やかな方法で発散したいものですね。

そして、そのような行為を行っている人たちが、心安らかに生きていけるように、私は祈るばかりです。


ヴィリジアン

2009年06月12日 13:09

女性の憧れ

女性の憧れ永久脱毛!

めんどうなムダ毛処理に時間をかけている暇はない!という人は多いのでは?

私もそのうちの一人です。

女性はいくつになっても綺麗でいたい。


そこで、先日、前から気になっていたエステの無料脱毛に行ってきました。

私が体験したのは毛根を除去し、レーザーを当てて毛根を死滅させる永久脱毛ですが、

最近の脱毛にはいろんな種類がありました。

・永久脱毛
・フラッシュ脱毛
・電気針脱毛
・ワックス脱毛

フラッシュ脱毛とは、フラッシュ光線という拡散光を、カメラのフラッシュのように発するレーザー機械を使って、発毛の源である“毛母”にダメージを与え、毛の再生力を弱めながら処理していく方法です。

電気針脱毛とは、毛穴に細い針を挿入して熱と電気で電気分解する方法です。

ワックス脱毛とは、脱毛専用のワックスを皮膚に塗布し毛根から抜き取る脱毛法です。

ワックス脱毛以外は毛根を死滅させるので、施術に長期間を要しますが、ワックス脱毛は家庭でもできるので1回で綺麗になります。

その代わり毛根は生きたままなので定期的に処理をしなければなりません。

脱毛の方法によって施術の値段は異なるので、自分に合った脱毛方法を選択しましょう。


無料体験脱毛は両脇のレーザー施術を10分。
体験版なのですべて除去できませんでしたが、施術された毛根からはもう永久に生えてきません。

なにせよダイエットや脱毛などの綺麗になる努力は、短期間では実現しないものなんですね。

それでも綺麗を手に入れるため、女性はそのような努力を惜しまないのです。


ミュゼ脱毛


キューピーの歴史

書籍用の画像を用意することになったので、カバーデザインにキューピー人形を使用することにした。

気に入っているキューピー人形があって、「これを使いたい」という思いつきで提案したが、これが大変なことになった。

この人形は商標登録を持っている会社のものなので、使用許可がいる。

出版社と相談し、まず、使用する人形の販売元と連絡をとった。

すると人形製造業者が商標登録をとっているということでそちらに連絡。


すると商標権を持ってる会社の社長さんが、キューピーの長い歴史を語ってくれた。


キューピーはもとは海外に著作権があったが、今は当事者が死去されてるから期限は切れてるらしい。

その後、日本のキューピーマヨネーズの会社が商標権を独占していたようだ。

しかしもとはマヨネーズじゃなく玩具としてデビューしているキューピーは、玩具メーカーの主役ともいえる存在であった。

なのでマヨネーズに対抗して商標権を買おうとしたら、世間やお役所はキューピーはマヨネーズのものだ!と却下。

そして10億ものお金が動く裁判に。

この裁判は今から約17年前のことらしいが、最近の人はキューピーといえばマヨネーズ、というイメージの方が強いんじゃないだろうか。

マヨネーズとキューピーはもとは別物。

「どうぞどうぞ。玩具メーカーのキューピーとしてぜひ使用してください」

と、社長は快く承諾してくれた。

交渉を通じてキューピーの歴史まで勉強させてくれた社長に感謝だ。

バトル・ロワイヤル


2009年05月31日 22:34

『自分の年齢を正しく言える大人』

人は成長する生き物だ。

身体的な成長はもちろん、心次第で精神的にも成長することができる。

今回はそんな成長の話である。

子供の頃は早く大人になりたかった。

それは、大人は完全な1人の人間として社会に認識されるからだ。

子供だからまだ理解できない、と言われたり

もう10時を過ぎたから寝なさい、と言われたりしなくなるからだ。

そういう単純な理由からだったが…。

しかし今はどうだろう?

年を重ねるごとに若返りたい、子供の時代に戻りたい、などと過ぎ去った時ばかりが輝いているように見えてしまう。

そんな人は多いのではないだろうか?

大人になってみてわかったことは、大人の中身は子供の時のあまり大差ないということだ。

楽しみを見つけたらそれをとことん楽しむし、自由になる金銭が多ければ多いほどその傾向は強い。

子供だったからこそできたこと、があるなら大人だからこそできること、もたくさんある。

よく年齢を聞かれて、

「いやぁ、自分の年齢はもう忘れたいですね」

などという具合にはぐらかす人がいるが、それは無意識のうちに大人である自分を否定しているのでは?と思う。


そんな中

「私は今年で42歳になるけれど、いつまでも自分の年齢は自信を持ってハッキリ言うことにしているの」

という女性がいた。

なんとも清々しい言葉である。


人間は成長する生き物だ。

身体的な成長とは生まれた時から「老いていく」という束縛の中にある。

それはどんな生物にも共通するこの世の理。

ならば、老いてゆく自分を受け止め、彼女のようにいつまでも堂々と生きていきたい。


そんなことを教えられた。

ダンススニーカー

『自分歴史帳』

小学生の頃、初めて日記をつけた。

夏休みの宿題の1つである「夏休み日記」だ。

小さい頃は毎日が発見の連続だったような気がする。

今よりも純粋に物事に感動し、探究心も強かった。

常に「なぜ?」という問いかけが頭の中にあったように思う。

その頃から日記をつける楽しみを知り、いつの間にか日記帳はノートから立派な背表紙のついた物に変わり、冊数も増え、今では5冊になった。

ブログという簡単に日記を書ける機能がネット上に生まれるまで、私は日記を書いていた。

今ではすべてがパソコン作業となり、手で触れることはなくなってしまった。


引っ越しの際、荷物を整理していたらこれらの日記帳が出てきた。

手垢で薄汚れたその日記の中には過去の自分が詰まっている。

嬉しくて泣いたこと、悔しくて辛くて泣いたこと、様々な感情がリアルに蘇る。

記憶の淵で忘れられていた詳細な出来事までも、もちろん思い出したくなかったことまでも

日記は教えてくれる。

それは自分の、自分にしかない歴史帳だ。


そして、私はその日記帳の内容を基に1作の小説を書いた。

今年にその物語が本として出版されるのだから、人生どうなるかわからない。

手軽に更新できるブログもいいが、それはすぐに取り出すには不便だ。

やはり肉筆で、ザラリとした(もしくはサラリとした)手触りを楽しみながら毎日日記帳を開く。

もう1度、日記を書き始めようと思う。


バナーバレット

『白の祈り』

大雪の日だった。

夕べからしんしんと降る雪はいつもの景色を白銀の世界へと変えていた。

部屋から出てはいけないよ、と昨夜のうちから約束させていたにもかかわらずそれを容赦なく破る君の体を想う。

煩わしい病に侵された胸にこの冬の空気は天敵だった。

火鉢によって暖められた和室はただ広く、主の消えた床は当の昔に温もりをなくしている。

「また、か……」

繰り返される小さな裏切りにはもはやため息しか出てこない。

君の気持ちは理解しているつもり……。

肺を患う体を憎みながら君は外の世界を長い間見つめていた。

そんな君を同じ時間だけ僕は見つめていたのだから。

幼馴染と呼べるうちは、君の隣は僕の物。


襖を開けると庭に面した廊下の端に盆に載せられた二匹の雪うさぎが座っていた。

乾いた葉を耳代わりに刺し赤い眼は固く結ばれた実が並ぶ。

思わずこぼれそうになった笑みを押し止め僕は君を探しに庭へと降りた。

薄い着物の懐から滑り込む冷気。

ちらちらと舞う雪が少しだけ、心地良い。

母屋の方へと続く小道を少し行くといつも通り、桜木の下で君が空を見上げていた。

天に向け、白い祈りを施す君の小さな背が寒さに震えている。

僕は地面に被った真っ白な雪を撫でると小さな玉をこしらえた。

丸めた雪玉は今にも崩れそうなほど脆かったがフワリと放り投げるとその身を散らしながらも君へと降り注いだ。

「怒っているのか?」
『それはこっちの台詞』

僕の問いかけに振り返る君の瞳が潤んでいる。

僕は……白い手足を晒しながらこちらに駆けてくる君の細い体を抱きしめた。

降り止まぬ粉雪が鼻先に乗って、すぐに溶けた。

「早く、中に」

見上げる君の清らかな瞳が促す僕の足と心を躊躇わせる。

『まだ、降るかな?』
「まだまだ降るよ」

僕の袖を掴む指が固く震えている。

途切れた言葉の続きを聞くまいと冷たい肩を抱くと、君は大きな瞳いっぱいに熱い涙を溜めていた。

雪がやんだら……僕はここからいなくなる。

親が決めた結婚に逆らうだけの理由は何もなかった。

長い月日を近い場所で過ごしてきたけれど、訪れる現実に立ち止まる心。

元気になったら、と未来を語ることを止めた時から僕らは心のどこかで春を待っていた。

籠の中に戻ると火鉢で温められた室内で君は身を抱きしめて笑った。

笑うしか、ないから、と一人で納得を決め込む君の冷え切った頬を包むと強がりな瞳が真っ直ぐ僕を捕らえた。

《大丈夫だよ》

そう言われているような気がして僕は見せかけの安堵を伝える。


今年の雪がやむ前に。

招き入れた雪うさぎが溶ける前に。

この想いを精算しようか。


冷え切った体を寄せ合うこの刹那だけは、未来を棄てて心の主(あるじ)に白い施しを。

そんな冬の日。


                                          終


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『昔々のおはなし』

昔から伝わる話というのは、世界各地に存在している。


小さい時に読み聞いた絵本や童話などは、時代が変わっても口々に、そして書物として残っている。

昔の話、という枠の中で一番知られているのは聖書だろう。

神の啓示を受けたヨハネがこれを書き記したとされている。


その他に有名なのがギリシア神話や北欧神話、グリム童話などが挙げられる。

世界の国々の子供たちは、このような昔話や神話を聞いて育つ。


さて、世界的にも有名な動画サイトに「you tube」がある。

これは個人が作成した動画やアニメ、面白映像や音楽アーティストのPVなどを配信しているサイトだが、この中で面白いアニメを見つけた。

そう、「にほん昔はなし」である。

桃太郎やかちかち山、鉢かぶりひめや三年寝たろうなど、なつかしい日本の昔話を素朴な絵柄でアニメーション化した、歴史の古いアニメだ。

誰しも1度は観たことはあるんじゃないだろうか?

登場人物は、おじいさんおばあさんから、鬼や妖怪まで多種多様で、ほんの10分程度の物語ながら、

人生の清い生き方や、教訓などを教えてくれる。

何年ぶりかに観た「にほん昔はなし」は大人が観ても十分に楽しめる内容だ。

自分の国に古くから伝わる伝説や物語を楽しく知る。

もし時間があるならば是非検索してみてほしい。

懐かしさと、ほっこりとした温かさが胸に湧いてくるだろう。


リフィート


『コラボレーションの魅力』

さて、私は今、大阪在住の作曲家とコラボレーションをしている。

彼が作った楽曲に歌詞を付けるという仕事だ。

これは音楽と文字のコラボレーションである。

さて、先日久しぶりに映画を観に行った。

大迫力のスクリーンの中にあるのは、音と音楽、物語、演技という映像が繰り広げられていた。

これもコラボレーションだ。


音楽業界で最近流行っているのが、アーティスト同士のコラボレーション。

それは楽曲を提供する側と歌い手、作詞家などが繰り広げる創作作品である。

自分一人で何かを生み出すことはもちろん、できる。

しかし、自分の中にはないアイデアを混ぜ合わせていくことで、全く新しい世界を作り出すことができるのがコラボレーションの魅力である。

文字の力は強いといわれるが、紙の上、そしてweb上ではそうも言いきれない。

文字はそれを彩る絵や画像、音楽などによってさらに活かされる。

この記事を読んでくれているすべての人に感謝を送ります。


ヴィリジアン