2009年05月31日 21:07
『白の祈り』
大雪の日だった。
夕べからしんしんと降る雪はいつもの景色を白銀の世界へと変えていた。
部屋から出てはいけないよ、と昨夜のうちから約束させていたにもかかわらずそれを容赦なく破る君の体を想う。
煩わしい病に侵された胸にこの冬の空気は天敵だった。
火鉢によって暖められた和室はただ広く、主の消えた床は当の昔に温もりをなくしている。
「また、か……」
繰り返される小さな裏切りにはもはやため息しか出てこない。
君の気持ちは理解しているつもり……。
肺を患う体を憎みながら君は外の世界を長い間見つめていた。
そんな君を同じ時間だけ僕は見つめていたのだから。
幼馴染と呼べるうちは、君の隣は僕の物。
襖を開けると庭に面した廊下の端に盆に載せられた二匹の雪うさぎが座っていた。
乾いた葉を耳代わりに刺し赤い眼は固く結ばれた実が並ぶ。
思わずこぼれそうになった笑みを押し止め僕は君を探しに庭へと降りた。
薄い着物の懐から滑り込む冷気。
ちらちらと舞う雪が少しだけ、心地良い。
母屋の方へと続く小道を少し行くといつも通り、桜木の下で君が空を見上げていた。
天に向け、白い祈りを施す君の小さな背が寒さに震えている。
僕は地面に被った真っ白な雪を撫でると小さな玉をこしらえた。
丸めた雪玉は今にも崩れそうなほど脆かったがフワリと放り投げるとその身を散らしながらも君へと降り注いだ。
「怒っているのか?」
『それはこっちの台詞』
僕の問いかけに振り返る君の瞳が潤んでいる。
僕は……白い手足を晒しながらこちらに駆けてくる君の細い体を抱きしめた。
降り止まぬ粉雪が鼻先に乗って、すぐに溶けた。
「早く、中に」
見上げる君の清らかな瞳が促す僕の足と心を躊躇わせる。
『まだ、降るかな?』
「まだまだ降るよ」
僕の袖を掴む指が固く震えている。
途切れた言葉の続きを聞くまいと冷たい肩を抱くと、君は大きな瞳いっぱいに熱い涙を溜めていた。
雪がやんだら……僕はここからいなくなる。
親が決めた結婚に逆らうだけの理由は何もなかった。
長い月日を近い場所で過ごしてきたけれど、訪れる現実に立ち止まる心。
元気になったら、と未来を語ることを止めた時から僕らは心のどこかで春を待っていた。
籠の中に戻ると火鉢で温められた室内で君は身を抱きしめて笑った。
笑うしか、ないから、と一人で納得を決め込む君の冷え切った頬を包むと強がりな瞳が真っ直ぐ僕を捕らえた。
《大丈夫だよ》
そう言われているような気がして僕は見せかけの安堵を伝える。
今年の雪がやむ前に。
招き入れた雪うさぎが溶ける前に。
この想いを精算しようか。
冷え切った体を寄せ合うこの刹那だけは、未来を棄てて心の主(あるじ)に白い施しを。
そんな冬の日。
終
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